Open

Jurie Driscoll, Brian Auger & Trinity

In And Out

Isola Natale

Black cat

ament For Miss Baker

Goodbye Jungle Telegraph

Tramp

Why (Am I Treated So Bad)

A Kind Of Love In

Break It Up

Season Of The Witch

何に閉口するって、ブライアン・オーガーのアルバムの手に入り難さである。未CD化ならまだ話はわかるのだが、けっこう複数回CDになっているのだ。それでもなかなか売っていない。いや、正確には「トリニティ時代のアルバムが」手に入り難いのだが。売ってるのはオヴィリオン・エクスプレスばっかりだしな。
 いや、俺だってオヴィリオン時代が悪いって言うつもりはないのだ。そりゃあ最初は偏見もあった。フュージョン臭くてモッドじゃないとか言う噂も聞いて、敬遠してた時期もある。って言うか未だに聴いてはいないのだが、少なくとも偏見は持っていない。でもな、やっぱり、先にトリニティで揃えたいじゃないか。
 まあ、そこそこ苦労しつつもいまんトコあと1枚までは揃った。しかし、「トリニティのアルバム」を集めまくってた俺にとってもう1枚敬遠してたのがある。それが、コレだ。

俺って人は何故だかあまり女性ヴォーカルが好きじゃないことが多くて、それとは別にジャズヴォーカルって奴もあまり好きになれない。そして、オーガーにソウルジャズっていうかアシッドジャズの先祖的なものを求めてた俺はこのアルバムを避けて通っていた。売ってても「後にしよう」と思ってしまっていたのだ。

何をぬかすのか、この阿呆は。

「アシッドジャズの先祖的なものを求めてた」とまで言いながらこれを無視するとは。非常識にも程がある。俺が聴いてたアシッドジャズはガリアーノにヤング・ディサイプルズ、JTQ、マザーアースって言う流れだ。なんならTSCも交ぜてやったっていい。これらのバンド、コーラスの場合も含めて例外無くソウルフルな女性ヴォーカルが入っているのだ。

そんな馬鹿がこいつをようやく手に入れ、気に入らなかったなどという話はあり得ない。今までの自分を反省しつつこのレビューを書くまでのお気に入りになるには全然時間はかからなかったのだ。

とりあえず、オーガーのオルガンが俺のツボであることは言うまでも無いだろう。「馬鹿でも解るモダンジャズ」のスタイルを取った"In And Out"でのプレイなど、俺が「モッズミュージック」に求めるものを絵に書いたようなモノだ。コレ1曲で既に最高なところにボサノバ風リズムの"Isola Natale"で追い討ちをかけられる。"Black Cat"ではヴォーカルも取ってオーガー先生ノリノリです。
 「ジミー・スミスやジャック・マクダフ聴いてればいいじゃん」とか言わないで欲しい。ってーか聴いてるよ、言われんでも(誰が言ったというのか)。でも、俺はこの「ロンドンフィルター」がかかったサウンドが好きなのだ。勿論「本物」も最高で、コレはコレでいつか採り上げる予定だが、俺の原点はこっちだ。偽物指向なのだ、俺は。

ドリスコールはどうなったんだよ、ってこの美女、6曲目まで出てこないのだ。っつーか要するにA面がオーガーサイド、B面がジュリーサイドってコトなのね。で、その6曲目・・・いや、B面アタマ"Trump"からその顔からイメージできないほどぶっとくてソウルフルな歌を聴かせてくれちゃいます。偏見を持っていた馬鹿は土下座もんである。実は俺、この顔からもっとソフトなシンガーだと思ってたんだよね。いや、すまねえジュリー。
 この曲やもっとファンキーな"Break It Up"もいいのだが、ってーか最高なんだが、俺のツボはドノヴァンのカヴァー"Season Of The Witch"だ。どーもこのヒト達はフォークの人の曲をカッコ良くカヴァーするのが上手く、ディランの"This Wheels On Fire"など世界最高の出来なのだが、この曲も負けずに凄い。ダークでサイケなだけでなく、絶妙なクールを配合。オーガーの長いソロを含み緩急付けながら約8分のヴァージョンに仕上げている。コレですよ。初っぱなからヤラれ通しで最後にダメ押しでぐわ〜んと来る。ハマれるアルバムって、こういうヤツなのだな。