3:47 EST

Klaatu

Calling Occupants Of Interplanetary Craft

California Jam

Anus Of Uranus

Sub-Rosa Subway

True Life Hero

Doctor Marvello

Sir Bodsworth Rugglesby III

Little Neutrino

何を勘違いしたんだろう。このアルバム、発売時に何故か「ジョンとポールが変名で作った作品」と言われていたという(ポールの変名説も)。で?そんなふうに聞こえるか?確かにビートリーなポップアルバムだ。76年と言う時代にしてはちょっとサイケ風であるというところも勘違いの原因かもしれない。どこかウイングス風ハードロックを感じる部分も確かに、有る。それにキャピトルから出ている。
 つったってよ、全然声が違うだろう。ホントのビートルズをイメージして聴くと明らかに曲、音ともに安っぽいしな。全体にはバッドフィンガーをもっとB級っぽくした感じか。

だからといって、この作品が「安っぽい亜流ビートルズ」だと思ってるわけではない。いや、いいじゃないか。いや、前述の通りかなり安っぽいのは事実だが、このポップセンス、意外に太いビート、良く聴くと気持ち良いのだ。

実際、俺自身このアルバムを買ってから随分長い間放置していた。別にそんなビートルズに似てないじゃないか、と思って、そこだけで判断して「つまらない」もの扱いだったのだ。俺としたことが酷い勘違いである。このアルバムの聴きどころはそこではないのだ。すまなかった、クラトゥ。

オープニング曲"Calling Occupants Of Interplanetary Craft"はSEで始まったりピアノのフレーズのクセ、ストリングス使い等で「ビートルズ風」扱いされた原因の一つだったのではないかと思う。ちょっとこの時代には古くさいサイケポップだが、やはりメロディが凄く良い。ジェリーフィッシュに通じるものも感じるが、ジェリーフィッシュがクラトゥの影響を受けたのではなく、お互い同じものから影響を受けたんだろう。いや、アンディ・スターマーあたり好きそうだけど。
 そして"California Jam"ではもっとジェリーフィッシュ風の(時代逆だってば)コーラス、そしてメロディが。タイトルからしてビーチ・ボーイズを意識したアレンジなんだろうけどね、今聴くとまんまジェリーフィッシュ。それにしても無茶苦茶ポップである。アレンジ云々は置いといてもこのメロディが出来た時点で勝ち。
 "Anus Of Uranus"は酷いタイトルだがこれはなかなかのヘヴィなグラム風ブギー。コズミックなSE、そしてワリと薄っぺらいギターが更にグラムっぽさを増幅するがこれまた時代には乗りそこなっている。
 "Sub Rosa Subway"もいわゆる「ビートルズ風」路線だ。ストリングスやホーンのアレンジは言うまでもないのだが、秀逸なのはベースライン。エンディング附近の「ドレミファソラシド」ライン(勿論"Hello Goodbye"風)がミソだ。パーカッションの使い方もツボだね。後半の2拍4拍のパーカッションなんか"It's All Too Much"と同じじゃないか。そんなワケで、こいつが一番ビートルズ風だと言えるだろう。それでも結局好きなのだ。

ここからアナログB面。やはり白眉は"True Life Hero"だ。実際の定義はともかくこういうのを俺的にはパワーポップと呼びたくなるのだ。グイグイ来るビートに極上のポップメロディ。それこそバッドフィンガーの"No Matter What"あたりにも劣らない名曲である。サビがやたらにキャッチーだし、ちょっとしつこめのアレンジも俺の「もうちょっと聴きたい」感を満足させる。
 ちなみにこの曲、クラトゥを聴く以前にカヴァーを聴いたことがあったのだが、何とこれがビートルズのカヴァー集に入っていたのだ。...やり過ぎだろう(このカヴァー集にはラットルズのカヴァーも入っていた)
 "Doctor Marvello"にはシタール風の音などが入っている得意(?)の時期外れサイケ路線。しかも後半のベースの音色とクラップを聴くと「何が何でもそれやらずには気が済まんのか!」と突っ込みたい気分に駆られてしまうのである。
 "Sir Bodsworth Rugglesby III"も67年頃良くあったタイプのポールやキンクス、ボンゾズなんかが得意そうな感じの曲と言えばいいのだろうか。あとストーンズの"Something Happened To Me Yesterday"とか。ちょっとやりすぎなんじゃないの?カナダ人がこういう音にノスタルジーを感じるのだろうか。
 ラストは"Little Neutrino"。1曲目と雰囲気の近い曲で、トータルアルバム風の気分がまたしてもサイケ時代。処理されたヴォーカルの感じもあの時代のB級サイケだ。そう、こういう亊をこの時代にやっても決してプログレ風に感じられないのが彼らの変なところなのだ。忘れないで欲しい。このアルバムは76年の作品なのだ。67年じゃねえぞ数字ひっくり返してんじゃないのか?って感じだ。

好きだってワリには褒めてんだかけなしてんだか解んない文章になったが、実際のところ俺も良く解らんのだ。「これでいいのか?」と言う気分にもなるし、「いいじゃん、気持ち良いし」とも思える。音楽って微妙。どんな結論だ。(ナンシー関風まとめ方)