「人間性未来論−原型共同体で築きなおす社会」前書き

国際協力の現場から生まれた疑問『近代化は人間性を奪うか』

 私は、長年にわたり、途上国援助を仕事としてきた。職業としては成り立たないNGO(非政府組織)のボランティア時代も含めると二五年以上、熱帯アジアの国々と日本との間を行き来してきた。最近では、二〇〇四年からの二年間、妻と二人の子どもを伴ってラオスで仕事をした。政府開発援助(ODA)の仕事だったので、NGOに比べて待遇は格段によかった。
 ラオスは、国連の基準では最後発国に分類される。アジアでもっとも「遅れた」国のひとつと見なされているわけだが、同時に、昔ながらの生活と人情が今も残る数少ないアジアの桃源郷のひとつとして知られていた。
 最初の一〇ヶ月ほどは、北部のルアンプラバンという小都市で家族いっしょに暮らした。ルアンプラバンは、市街地の人口が三万にも満たない地方都市だが、長年にわたりラオス国の前身ともいえるランサン王国の首都であったため、観光客も多く外国人も住みやすいと聞いていた。ただし、外国人の子どものための教育施設はなく、当時一二歳だった娘と八歳だった息子は、地元の学校に通った。
 学校では、大雨が降ると先生が来ず、たびたび休講になった。中学校でも小学校でも、教科書を持っているのは五人に一人もいなかった。先生はひたすら黒板に教科書を板書し、生徒はそれを書き写すだけ。何かを学ぶというより、ただ学校に来て座っているだけという生徒が大勢いた。教室は雨漏りするし、生徒が多すぎて皆が来たら座りきれない。ひとことのラオス語もできないままいきなりそこに放り込まれ、子どもたちは激しく戸惑った。娘は、どうしてこんな残酷な仕打ちをするのかと私をなじった。ときには、夕食の卓でさめざめ泣いた。思い起こすと胸が痛いが、いつかはいい思い出に転じてくれることを祈るのみだ。
 ルアンプラバンのわが家は庭が広かったので、近所の子どもが大勢遊びにきた。息子はいっしょにボール蹴りをしたり、裏庭のグアバの木に登って実を食べたりした。彼はそれが楽しくてしかたがなかった。
 数ヶ月が経ったある日、息子は、日々の思いを言葉にして妻と私に伝えてくれた。
 「ラオスの子どもたちと遊ぶのは、とても楽しい。彼らは、めったに怒らないし、いらいらもしない。たまに誰かが腹を立てるようなことがあると、まわりの子がおどけたりしてなだめてくれるので、すぐに機嫌を直してまた遊び始める。日本では、ゲームに負け続けたりして、すねたり怒ったりする子がいつも必ずいて、しかも誰もかまわないので、そのまま怒って帰ってしまう。僕もそうなることがあった。でも、ラオスではそんな子はまだ見たことがない。」
 日本では、ラオスより、子どもが投げやりになりやすいというのだ。八歳の息子の眼は、日本の子どもの状況を鮮やかに見抜いていて、妻も私も返す言葉がなかった。
 ラオスの子どもたちは、確かに何かが違っていた。息子によれば、「ラオスの子どもたちのほうが、日本の子どもたちより絶対にやさしい。あの子たちと日本の子どもたちは、心がどこか違う」のだ。

 「子どもたちの目がきらきらしていて、素直で素朴で本当にかわいい」
 「貧しいけれど助け合って生きる心豊かな途上国の人たち」
 アジアやアフリカや中南米など、いわゆる開発途上国と呼ばれる地域を訪ねて人々と交わった先進国からの旅行者は、十人が十人、このような感想を持つ。途上国の人々の中にも、いい人もいればとんでもなく悪どかったり愚かだったりする者がいくらでもいることを、私は骨身にしみて知っている。日常はそんなに美しいものではないのですよ、といい返したくなることもある。
 にしても、その人たちの印象は、情緒的ではあっても正鵠を得ていることをどうしても否定できない。開発援助の世界に足を踏み入れて二五年あまり。その間の、私たちの国と社会と人の変化を見るにつけ、素朴な疑問はますます大きくなる。本当に幸せなのはどちらなのだろう。経済発展は本当に人々に幸せをもたらすのだろうか。
 大人のみならず、子どもたちにしてすでに、私たち先進国の人間と昔ながらの社会に生きる熱帯アジアの人々とは何かが決定的に違っていた。近代化の進んだ大都市と昔ながらの農山漁村。スーツを着てパソコンに向かう人々と、生身の身体だけを資本に大自然を相手に生きる人々。そのあいだを何食わぬ顔で行き来しながらも、心の奥底でずっと抱き続けてきた思い。「私たち、いわゆる先進国の人間は、近代化とともに、かつて誰でもが持っていた人間としてもっとも大切なものを失いつつあるのではないか」という根本的な疑問がそれだった。

 数年前、インドの不可触民の権利の向上のために活動しているNGOのリーダーが来日して、私が講師を務める研修に参加したことがあった。彼自身もその階層の出身であったが、運よく教育の機会を与えられキリスト教の牧師となった。彼は、ダリットと呼ばれるインドの不可触民がいかに悲惨な生活をし、人間としての権利を奪われているかを行く先々で声高に訴えていた。
 研修旅行で同じ宿になったある夜、私はちょっと意地悪をしてたずねてみた。「あんたはいつもダリットは悲惨だ、可愛そうだと言って回っているが、本気でそう思っているのか?私の知るダリットの人たちは、生活はたいへんだが素朴で陽気でとても幸せそうに見えるんだがね」
 彼は、相好を崩してハッハッハと大笑いした。「あんたもそう思うか。実は俺もそう思ってる。どんなに生活が苦しくても、ハッピーで単純で、明るくて親切で、明日を思い煩わず、今日を楽しむことができる。あんなに幸せな奴らはいないね。俺なんかなまじ高い教育を受けて、こんなことを言って回っているけど、本当は彼らのほうが幸せなんじゃないかと思うときもよくあるね」

 このような思いは、ラオスでの経験を経てますます強くなった。どう見てもそこには印象以上の何かがあるのを、年を経るに連れ確信するようになった。ラオスやネパールやインドやインドネシアの辺ぴな村で、自然の中で体を動かして生きる人々の持つ命の輝きは確かな実体を持っている。とりわけ、他者に開かれた心と、安定した情緒という点では、自分が惨めに思えるほどの違いがある。情緒的な印象論の問題ではない。熱帯の空のように、どこまでも青く澄み、太陽は暑く輝き、降るときには転地がひっくり返った様に振り、あっという間にまた青空に戻る。そんな人間としての心のあり方を私たちは確実に失いつつある。

 ラオスは、アジアでもっとも近代化の遅れている国のひとつと見なされている。近代化が遅れているということは、私たちから見れば不便なことだらけだ。ただし、ある国や社会が不便なことと貧しいこととは違う。ところが、それを不可分なものととらえることで援助が成り立っている。近代化、工業化が進んでいないことが貧困状態と見なされる。さらには、民主化と市場経済化がセットとして組まれている。別のあり方も可能なのにもかかわらず、私たちが関わると民主化と市場経済化を軸とした近代化を促進せざるをえなくなる。
 だからこそ、私たちが進めようとしている近代化はどういうものなのか、そこにはどんなメリットとデメリットがあるのか。援助に関わるものの責任として明らかに示す義務があると常々感じてきた。ラオスは心豊かで平和な、すばらしいところだった。しかし、市場経済の導入とともに、変化は確実に始まっている。ラオス人外国人にかかわらず、多くの人は今のラオスを守りたいという。では守るべきものは何なのか、失ってもよいものは何なのか、それによって何を得るのか。こうした問いに答えることなく、近代化の促進を行なうのは不誠実ではないか。何よりも、アジアの近代化のトップランナーとして、その経験を影の部分も含めて率直に伝える義務がある。本書は、そのような背景のもとに書き始められた。
 ところが、考察を進めていくうちに、近代化と産業化の本質の認識をより必要としているのは、むしろ私たち先進国の社会の住人ではなかろうかという思いが日増しに強まった。私たちの社会を覆っている未来への不安、とりわけ、ぎすぎすした乾いた人間関係が行き着く先の社会と人間のあり方への不安は、人々の心に深く浸透しつつある。
 昔はこうではなかった、と嘆く声の中に必ず登場するのは、「長屋の人情話」的な助け合いの精神であったり、おせっかいなほどの他者への関心であったりする。近所付き合いがなくなり、核家族化が進み、親類縁者でさえもめったに行き来しない私たちの社会。コミュニティが力を失ったという声もよく聞かれる。共同体の衰退が人と人とのつながりを弱め、それが多くの問題を生み出していると多くの人が感じている。では、近代化とは共同体の衰退と同義なのか。近代化の進展に伴って必ずそうなるものなのか。さらには、共同体の衰退が私たちにもたらす不安の正体は何なのか。そのメカニズムはどうなっているのか。つまり人間性の喪失と共同体の衰退は、どう関わっているのか。あるいは関わりはないのか。あるとすれば、克服の道はあるのか。
 近代化に伴い人々が孤独でさびしいものとなっていくこと、乾いた人間性を持つようになることを指摘したり、惜しんだり、警鐘を鳴らしたり、あるいは変化のメカニズムを追ったりした書物は数多い。しかし、途上国の人たちがどのようにして豊かな人間性を保っていられるかについて、明確に書かれたものにはお目にかかったことがない。であれば、この現象の背後にある「人間性の正体」というべきものに自分自身で迫ってみようと思い立った。とりわけ、人間性と共同体の関係を理論的に解き明かしてみたくなった。
 途上国援助での経験に基づき、かつ最新の学問研究にも学びながら、これらを私なりに深めていくのが本書の目的である。そこでは、私たち先進国の人間と開発途上国の人々、とりわけ村に住む人々との間にある人間性の豊かさを、なにかしら実体のあるもの、つまりひとつの事実と見なすところからすべてが始まる。これが単なる感傷であれば、本書には意味がなくなる。そのような実感に形を与えるために本書を著したともいえよう。
 「人間なるもの」に関心を抱くすべての人々、とりわけ、教育や福祉に携わる人々、あるいはNPO、NGOなどの比較的新しいスタイルで公益に携わる人々にとって、いくらかでも参考になれば幸いである。