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サテラビューとは?
 サテラビューとは、任天堂が発売したTVゲーム機スーパーファミコン専用の衛星放送受信アダプタ(周辺機器)です。
 スーパーファミコンにサテラビューを接続する事により、セント・ギガ(放送局)が放送し、放送衛星を中継して各家庭のBS機器で受信した情報(ゲームデータや音声)を、無料(会費等もなし)で楽しむことができました。(※セント・ギガのサテラビュー向けデータ放送の放送期間は1995年4月23日〜2000年6月30日です)
 サテラビューの購入方法は、当初、専用ハガキによる注文販売のみでしたが、1995年11月1日より店頭販売が開始されました。セット価格は¥18,000(税込)でした。

衛星放送専用カセット「BS−X」
 セント・ギガから放送されるデータは、基本的に、サテラビューセットに同梱されているこの衛星放送専用カセットで受信します。
 このカセットの中には、スーパーファミコン用ゲーム「MOTHER2」風の名前を盗まれた街と呼ばれる仮想空間が用意されていて、受信したい番組が放送されている時間に、マイキャラ(男の子または女の子)を操作して、この街にある色々な建物へ放送データを受け取りに行くようになっていました。
 もちろん街にはマイキャラ以外の住人たちも存在し、会話をしたり、アイテムを貰ったりと、その物語も毎日進展して存在感を十分にアピールしていました。

8Mメモリーパック
 「BS−X」カセット及び、衛星放送対応カセットには8M(メガ)メモリーパックの差込み口があり、受信したデータはこのメモリーパックに保存するようになっています。
 当初はサテラビューセットに同梱されたモノ1つしか無かった為、泣く泣く消したデータもありましたが、1995年7月7日(金)より1つ\5,000(消費税別)で別売りされるようになり、気に入ったデータを永久保存出来るようになりました。
 8MメモリーパックはフラッシュROMを使用しているので、保存したデータは半永久的に消えることはありません。

世界初!サウンドリンク(音声連動)ゲーム
 これこそサテラビューの一番の特徴といえるモノです。
 音声連動ゲームとは、BSの音声放送(PCM)を聞きながら全国のプレイヤーが同時刻にそろってプレイするという形態のゲームでした。
 音声放送と連動している為、決められた時間にしか遊べず、ユーザーがゲームデータを保存することもできないという一期一会なもので、ゲームクリア後に表示されるパスワードを応募する事による全国規模のランキングイベントも行われました。その為、毎回のプレイにも真剣になるし、姿の見えない他のユーザーとの不思議な一体感みたいな物も体験できました。
 こんにち、ネット上で出会ったサテラー同士が、お互いに親近感を持ちやすいのは、こういった体験が影響しているように思います。

私とサテラビュー
 さて、サテラについてはまだまだ色々とあるのですが、詳しいことは他のサテラーの方々のホームページに掲載されていますので、そちらも参照してみてください。(トップページのリンクのコーナーで紹介しています)
 最後に、私とサテラビューについて語ってみたいと思います。

 私は、サテラビューの本放送に少し遅れて、1995年5月上旬からの参加になりました。なんと言ってもBS機器から揃えなくてはならず、あまり資金に余裕の無い時期だった為、申し込み受付が開始されてからもしばらく迷っていたのですが、ついに放送開始日が目前に迫ってきて、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで申し込みハガキをポストに投函しました。その時の心境は「ああ、ついにヤっちまった…(苦笑)」でした。そして、次の休日に家電販売店に行き、BSビデオとアンテナを購入しました。
 サテラビューセットが配達されたのは1995年5月2日。BSアンテナの設置工事が翌3日でした。最初に受信した番組は忘れてしまいましたが、その日から私のサテラーとしての日々が始まりました。
 毎日、部屋へ帰れば直ぐにサテラビューの電源を入れ、街の住人に話を聞いてから「かべ新聞社(こういう建物があるのです)」で今日の放送内容をチェック。放送が終了するか、就寝するまで電源は入れっぱなしでした。毎日がサテラ中心の生活。番組の受信予約をしている間はスーパーファミコンのゲームが遊べない為、もう1台スーパーファミコンを購入したりもしました(^-^;)
 しかし、そんな充実した毎日にも別れの兆しがあらわれました。街の住人達が、それぞれの事情を語って次々と街を去っていき始めたのです。理由は後に知ったのですが、任天堂がスポンサーを降りてしまった為、事業を縮小せざるをえなかったらしいのです。そうして、ついに放送内容がゲームデータの再放送のみになってしまうと、少しずつサテラの電源を入れる回数が減っていきました。
 その後、ランドネット会員になってネット生活が始まると、懐かしい名前を目にするようになりました。サテラビューの投稿コーナー等で名をはせた有名サテラーの方々が、ホームページを開設されていたのです。そのホームページの中で、サテラについて熱く語られた文章を読んでいるうちに、自分のサテラーとしての想いが呼び覚まされ、ネットサテラーの輪の中に参加したいと思いました。そんな私を快く迎えてくださった皆さんへ、この場を借りてお礼申し上げます。m(_ _)m
 さて、そうしてサテラについて語り合える仲間を得て、サテラーとして、再び充実した生活を送っていたのですが、ある時、我が目を疑うような一文を見てしまったのです。「サテラビュー向けデータ放送が終了してしまう。」
 そうです。ついにサテラビューがただの箱になってしまうのです。数日間、いろんな想いが頭の中を巡っていきました。そして決めました。サテラビューの思い出を公開する為のホームページを開設することを。その正式公開の日は、サテラビュー向けデータ放送終了の瞬間 2000年6月30日 23:00とすることを。
 私の駄文に最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。


サテラOFF グランドフィナーレに参加して
 去る2002年8月24・25日の両日、ギガのある東京都港区は赤阪でサテラーによるOFF会が『Fan's Groups』の主催で開催されました。初日は、全国から集まったサテラーの親睦を目的に、ゲーム大会やビデオ鑑賞、食事会が行われましたが、2日目には、なんと当時の番組制作者や出演者の方々若干名が、ユーザーの呼び掛けに応えて参加してくださいました。そして、今だから話せる当時の裏話などを語ってくれました。
 その内容を聞いた私達ユーザーは、サテラビューというハードの目指すモノが、いかに時代の先を目指していたかを改めて知る事になったのです。そして、あるスタッフの方から、とても貴重な資料を頂きました。それは、BS-Xカセットに収められている『名前を盗まれた街』の(ホワイトボード上に描かれた)原画のコピーです。
名前を盗まれた街(原画)
 私が直接聞いた話によると、まさにこのホワイトボード上で『街』がデザインされたそうです。良く見ると、建物の配置とか製品版の面影がありますね。
 今更ながら、このような資料が残っていた事に感動しました。やはりサテラビューは、制作側にとっても大切な思い出になっているのでしょうね。


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