ことみ「エロスはほとんどないの」
杏「日エロじゃないじゃん!」
バレンタインの二日前、土曜日の演劇部室。
部屋の中にはことみ・渚・杏・椋の4人がいた。
椋の話によると、朋也は担任に呼ばれたために少し遅れるようだ。
「で、朋也ってば何やったの?」
「うーん、多分進路のことだと思うけど」
「そんなの、ことみに任せておけばOKだと思うんだけどねぇ」
「万事おっけーなの」
びしっと親指をたてることみ。
「一緒に海外留学なの」
「…いや、さすがにそれは無理なんじゃ……って、そんなことよりも」
やや強引に杏が話を切り出す。
「もうすぐ、よね」
「そうだね」
「あの、何がでしょう?」
「???」
盛り上がる双子をよそに、何のことか話がつかめない渚とことみ。
「もうすぐっていったら、アレに決まってるでしょアレ」
「そうですよ、女の子にとって自分から気持ちを伝える最大のチャンスです」
「女の子から?」
「椋ちゃん、プロポーズするの?」
「ってことみは飛躍しすぎ!バレンタインよバ・レ・ン・タ・イ・ン!」
「ああ、そういえばそうですね」
「で、ことみはやっぱり朋也にあげるんでしょ?」
「考えてなかったの」
「はぁ?!」
思わず奇声をあげる杏。
「あ、いや、まあ、あんたたちは既にらぶらぶだから必要ないかもしれないけど、それでもやっぱりチョコ貰えば朋也も嬉しいはずよ」
うんうんと頷く渚と椋。
「っていうか、ことみがあげないんじゃ私が朋也に渡しづらいじゃない。義理でも」
どうやらこっちが本音らしい。
「というわけで、我が演劇部は今夜からことみ邸にてバレンタイン合宿に突入します!」
「お姉ちゃん、我がって…」
「いいわね、ことみ?」
「大歓迎なの。さっそく朋也くんにも知らせるの」
「マテイ。ことみ、あんたこの合宿の趣旨わかってる?」
「えと、皆でバレンタインを祝う?」
「ぜんっぜん違う!クリスマスじゃないんだから。いい、今回は皆でチョコを作るの。やっぱ手作りは基本よね」
「わかったの。皆で作ったチョコを渡して朋也くんに喜んでもらうの」
「………ことみ、朋也が自分以外の女の子からチョコ貰って何とも思わないの?」
「全然知らない女の子だったら少し心が痛くなるの。でも、杏ちゃんも渚ちゃんも椋ちゃんも大好きだから。大好きな人が大好きな人を喜ばせるのはとってもとっても嬉しいの」
「はぁ、やっぱあんたには敵わないわね。じゃあ今日の帰りに商店街に寄って必要なもの買いましょう」
「わかったの」
「私たちは買い物の後一旦家に帰って着替えて泊まる準備をしてくるわ。部長もそれでいい?」
「はい、わかりました」
「お姉ちゃん、泊まりって?」
「合宿なんだから一泊二日に決まってるじゃない」
「決まってるんですか」
「でも、ことみちゃんの都合もあると思うし」
「問題ないの。今日は家政婦さんもお休みなの」
「じゃあ、買い物した後一旦帰って、着替えた後ことみのうちに現地集合ってことで」
「待ってるの」
そんなことを話していると、教室の扉がガラリと開いた。
「すいません、間違いました」
ピシャリと閉まる扉。
そしてすぐにまた開く。
「って、やっぱここだよな。………つーか、お前らなんだよそのだらけた格好は」
朋也のいうだらけた格好とは。
教室の真ん中に鎮座した炬燵に足をつっこみ背を丸めて本を読んだり蜜柑を剥いたりだんごの人形を愛でてたりトランプでピラミッドを作ったりしている格好のことをいう。
「朋也くん、こんにちは。魔法少女ことみ、地球のピンチに駆け足で参上なの」
「いや、それはもういいから。っていうか全然駆け足じゃないどころか参上してもいないぞ、ことみ」
「ふふふ、やっぱ炬燵の魔力は偉大ね」
「どっから持ってきたんだよそんなもの…」
「部室の備品です」
「マジっすか?!」
「岡崎くんも入りますか?」
「いや、さすがに入りずらいぞ…」
「朋也くん、半分こなの」
そう言って、身体半分ずらして朋也の入るスペースを作ることみ。
それでも朋也は教室の中に入ってこようとしなかった。
「朋也〜、何今更照れてるのよ」
「あー、スマン。今日はちょっと用事出来たんで顔見せに来ただけなんだわ。ことみ、一緒に帰るか?」
「今日は杏ちゃんたちと一緒に帰る約束をしたの」
「そうか、じゃあまた来週な」
「朋也くん、さようなら。また来週なの」
そうして私は杏ちゃんたちと商店街に来た。
最近は朋也くんに勉強を教える時間が多くなったせいで、杏ちゃんたちと一緒に出かけるのは久しぶりだ。
「それにしても、どの店もバレンタイン一色ね」
「八百屋さんや魚屋さんまでバレンタインセールやってるのはどうなのかなぁ」
「そういや部長の家でも何かバレンタインにちなんだこととかやってるの?」
部長の渚ちゃんの家はパン屋さん。
「はい、お母さんがはりきってました」
「………そう」
渚ちゃんの家のパンはいつも渚ちゃんのお父さんが焼いているけど、たまにお母さんが焼く時がある。
渚ちゃんのお母さんのパンは独創的なものが多くてとっても興味深いのだけれど、朋也くんが「それだけはやめとけ」と涙ながらに訴えてくるのでまだ食べたことはない。
「でも、やっぱりこの辺じゃめぼしいものは見つからないわね」
この町の商店街は、ほとんどが個人経営のお店で大型のショッピングセンターは少し離れた街に行かないと存在しない。
「どうする?バスで街まで行く?」
杏ちゃんが私に聞いてきた。
ここで買い物を済ませてもよかったけど、久々に一緒に買い物するのだし遠出もいいかと思い直す。
「れっつらごーなの」
「…どこでそんな言葉覚えてくるのよ…」
「ごーです」
「ごーなのです」
「あんたたちも真似しなくていいの!」
そうして、バスに揺られること20分弱。
目的の街までやってきた。
「はぁ、さすがに賑やかね」
週末ということもあり、街は人で溢れていた。
決してヒトデで溢れているわけではない。
「……ことみ、あんたなんか今変なこと考えなかった?」
ぶんぶん、と首を横に振る。
「まあ、いいけど。じゃ、早速デパートに行きますか」
そのデパートは杏ちゃんや椋ちゃんがたまに服を買いに行くデパートだそうだ。
そのデパートの一角に大きく設けられたバレンタインコーナーが私たちの目的の場所。
「なんていうか、だだっ広いわね…」
「だんごチョコはあるでしょうか」
「迷っちゃうよ〜」
「美味しそうなの」
四者四様の感想を呟きつつバレンタインコーナーに突入する。
そこには様々な種類のチョコが売ってある。
高級ブランド品から面白グッズ、つめ放題というものまであった。
そして、チョコ以外の贈答品も目に付いた。
「杏ちゃん、これ朋也くんにあげようと思うの」
「どれどれ……『泡盛セット』ってこれお酒じゃない!却下!」
「そうですよ、ことみちゃん。岡崎くんには『女体盛り』じゃないと」
「って椋も何気に凄いこと言ってるんじゃないわよ!」
「じゃあ、間をとって『愛のメモリー』はどうでしょう」
「や、部長、それもわけわかんないから。それより椋、あんたはこれなんかどう?」
「え、何々………『星占いトランクス』……ってこれ男の人の下着だよ、お姉ちゃん!」
慌てて目をそらす椋ちゃん。
「さっき『女体盛り』って言ってたヤツが何をぬかすか…」
「あの、私たち確か手作りチョコを作るはずだったんじゃ」
「そういえばそうなの」
「まあ、そうなんだけど。別にチョコだけあげなきゃいけないって決まりはないんだし」
「じゃあお姉ちゃんはこれ!」
そう言って椋ちゃんが持ってきたのは、ペアになってるシルバーアクセサリー。
「こういうのはことみの方がいいんじゃないの?」
と言いながらも満更でもなさそうな杏ちゃん。
でも、値札を見た瞬間にその表情が固まる。
「…………やっぱチョコだけでいいわ」
やたらと丁寧に元あった場所にそのアクセサリーを返す杏ちゃん。
気になったので値段を見てみると、1の下に0が五つ並んでいた。
「とりあえず必要なのは割チョコと型とラッピングする紙くらいかしらね」
「割チョコにも白と普通のがあるの」
「まあ自分が作りたい方を買えばいいんじゃない?」
というわけで、私と杏ちゃんが白を、渚ちゃんと椋ちゃんが普通の割チョコを選んだ。
「ハートの型はことみ専用として、私たちは何か別のを考えましょう」
「皆でハートを贈ってもいいと思うの」
「さすがにそういうわけにはいかないでしょ」
「私もそう思うよ」
「私もです」
私は別に構わないのに。
「ことみは構わなくても、朋也が困るのよ」
そういうものなのだろうか。
よくわからなかった。
結局、杏ちゃんが丸型、椋ちゃんが星型、渚ちゃんが菱型を選んだ。
「さて、買うのはこれくらいよね………って、椋、あんた何買ってるの?」
「え?失敗した時のためにちょっと……」
椋ちゃんは、どうやらあわせて既製品のチョコも買ったようだった。
「ふふ〜ん、お姉さんそんなこと許しませんよ。よってそのチョコは今日のオヤツに決定!」
そう言って椋ちゃんからチョコをとりあげる杏ちゃん。
「そんなっ!お姉ちゃんの横暴!自己中!人でなし!」
決してヒトデがないということじゃない。
「椋、あんた言いすぎ。っていうか、ことみ、あんたまた変なこと考えてなかった?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「じゃあ買うものは買ったし一旦家に帰りましょうか。ここからだと丁度バスの路線が別々ね」
「ということは、ここで一旦解散ですね」
「はい」
「杏ちゃん、椋ちゃん、渚ちゃん、また後で」
「ことみ、それじゃね」
「すぐに行きますから」
「楽しみですっ」
ことみの家は広い。
豪邸と言ってもいいくらい広い。
まあ、さすがに家の中で迷うほど規格外な広さではないのだけれど。
そんな家にことみは一人で住んでいる。
正確には、週末以外は家政婦さんがやって来ているのだが、ことみの家で寝泊りしているわけではない。
夜はいつも一人。
それは、どれほどの孤独だっただろうか。
正直、生まれた時から側には椋がいて、それが当たり前だった私にはわからない。
わかったところで、私がことみにしてあげられることは、今と大して変わらないと思う。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
そんなことを、ことみの家の門の手前で考えていたら椋が不思議そうに聞いてきた。
「え?ああ、相変わらず大きい家だなぁって思ってね」
「そうだよね。なんか前より大きくなったみたい」
「それは怖いわね…」
まあ、さすがにそんなことはないだろうけど。
と、そんなことを椋と話していると部長がやってきた。
「あの、私遅れましたか?」
「ううん。私たちも今来たところだから」
皆揃ったところで、インターホンを押す。
「ちわ〜っす、三河屋でーす」
「もう、お姉ちゃん!恥ずかしいからやめてよ」
「いや、一回やってみたかったのよね」
『……サブちゃん?』
インターホンからことみの声が聞こえてきた。
「違う違う、私よ私」
『私よ私さん?』
「なんでやねん!」
って、なんでインターホン通してことみと漫才してるか、私は。
「杏よ、藤林杏。椋に部長もいるわ」
『わかったの。今門を開けるの』
すぐにことみの家の門が開く。
最初見た時は驚いたけど、ことみの家の門は自動で開くのだ。
そして玄関からことみが出てきた。
「杏ちゃん、椋ちゃん、渚ちゃん、こんにちは。私の家にようこそなの」
ことみちゃんの家に着いた時には既に夕方。
チョコレート作りは明日することにして、まずは皆で夕飯を作ることになった。
今日作るのはカレー。
皆で作る時の定番の料理、だと思う。
お姉ちゃんもことみちゃんも渚ちゃんも、皆料理が上手で羨ましい。
私はお姉ちゃんの指導の下で野菜の下ごしらえを担当した。
「あ、椋、じゃがいもの芽はちゃんと取らないとダメよ。じゃないとお腹壊すから」
「う、うん」
「皮はもうちょっと薄くむいたほうがいいけど……慣れないうちはしょうがないわね」
「う、うん」
「角切りにする時は大きさを均等にすること。じゃないと煮込むときにむらがでるから」
「う、うん」
「そして最後に、料理は愛情!」
「う、うん」
「さあ皆さんご一緒に、料理は愛情!」
「「料理は愛情!」」
端からみると、かなり奇妙な光景に見えるんじゃないかと思ったが、必死でじゃがいもの皮を剥いてる私はそれどころじゃなかった。
下ごしらえを終え、野菜を煮込んでいると、珍しくお姉ちゃんとことみちゃんの意見が対立していた。
「やっぱカレーは辛くなくちゃカレーじゃないでしょ」
「あんまり辛いのはよくないと思うの」
どうやら、カレーの辛さをどのくらいにするかで揉めているようだ。
私は、あんまり辛くないほうがいいからことみちゃんを応援したいんだけど、後でお姉ちゃんに何を言われるかわからないから黙ってることにした。
ことみちゃん、ごめん。
「あの、じゃあ辛いカレーと辛くないカレー、二つ作るというのはどうでしょう」
いかにも渚ちゃんらしい意見だ。
「わかったわ。ことみ、どっちのカレーが美味しいか、勝負よ!」
「受けてたつの」
こうして何故か、夕飯はカレー対決に早かわりしてしまった。
対戦結果はというと。
「引き分けね」
「杏ちゃんのカレーもとっても美味しいの」
と、まあ、そういうわけだ。
その後、しばらくトランプで遊んだりお喋りしたりして、順番にお風呂に入ることにした。
さすがに、ことみちゃんの家のお風呂も4人で入るのは無理みたいだ。
でも、二人なら余裕で入るんじゃないかなぁって、ちょっと思った。
そして、ここで岡崎くんといちゃいちゃしてたり……って、想像して凄く恥ずかしくなった。
さすがにそういうことはしてないと思うけど、もしかしたらもしかするかも?!
「?椋、あんた顔赤いわね。のぼせたの?」
「え?あ、うん、ちょっと…」
「長風呂もほどほどにね」
「は〜い」
本当は違うけど、こんなことお姉ちゃんにも言えないよぉ。
そして、ことみちゃんの部屋で皆で雑魚寝。
ことみちゃんの部屋は私の部屋より少し広いくらいで、皆で寝るにはちょっと狭かったけど、修学旅行みたいでちょっとドキドキした。
お姉ちゃんが枕投げしようとしないかと別の意味でドキドキもしたけど。
さすがにやらないみたいでちょっと安心。
そしてお喋りしているうちに、皆寝ちゃったみたい。
お喋りの内容は、乙女の秘密ということで。
日曜日。
今日はいよいよチョコレート作りの日です。
私は毎年お父さんにチョコをあげているので、お父さんの分も一緒に作ろうと思います。
手作りチョコは初めてです。
杏ちゃんも椋ちゃんもことみちゃんも初めてみたいです。
お菓子作りは普通の料理と少し勝手が違うので、皆最初は失敗してしまいました。
ことみちゃんの家にあったお菓子作りの本とにらめっこしながら、皆で一緒に作ります。
そうそう、ことみちゃんの家には料理の本だけで数十冊もありました。
それを、ことみちゃんは全部読んでしまっているそうです。
やっぱりことみちゃんは凄いです。
「はぁ、なかなか上手くいかないもんねぇ。チョコなんて溶かして固めるだけだって思ってたんだけど」
「意外と奥が深いの」
あーでもない、こーでもないと色々話ながらチョコ作りは進んでいきます。
それでもなんとかチョコは完成しました。
後はデコレーションとラッピングです。
「ことみ、やっぱり『LOVE』とかでっかく書いとく?」
「相合傘なんかもいいんじゃないかな」
「シンプルに『すき』というのもいいかもです」
けれどことみちゃんは出来上がったチョコの上に何も書こうとしません。
「え?何も書かないわけ?」
こくんと首を縦にふることみちゃん。
「どうしてですか?」
「チョコレートの文字は、食べると消えてしまうから。私の気持ちは、文字じゃなくて言葉で直接伝えたいと思うから」
なるほど、と思いました。
そして、ことみちゃんの岡崎さんに対する強い思いが伝わってきました。
やはりことみちゃんは素敵な女性です。
私も、ことみちゃんみたいになりたいです。
「そっか、そういう考え方もあるわけね。じゃあ私が代わりに書いておいてあげよっか?」
それはちょっと違うと思います。
「お姉ちゃん!」
「冗談よ。冗談」
目がちょっと本気だったと思います。
「さて、チョコ作りも終わったことだし、これからどっかに遊びにでも行く?」
「あ、私お店の手伝いをしなくちゃいけないんです」
本当は皆と遊びに行きたいんですけど、お店の手伝いをしないとお父さんが大変なのです。
「そう、なら仕方ないわね。…そうだ、ことみ、今度は私たちの家に来ない?」
「あ、それいいね。でも、岡崎くんと約束とかあるんじゃ」
「今日も朋也くんは用事があるから約束はないの」
用事というのは、昨日言っていたことのことでしょうか。
どうやらことみちゃんはその用事の内容を知っているみたいです。
「じゃあ決定ね。部長はまた今度誘うから」
「今度は二人とも招待するね」
「はい、楽しみにしてます」
こうして私は杏ちゃんたちと別れて一人で家に帰りました。
家ではお父さんがお仕事を頑張っていました。
でも泣いているお母さんを追いかけて私の横を物凄い速さで通りぬけていきました。
口にはお母さんが焼いたバレンタインスペシャルパンが咥えられていました。
これは、見慣れた光景です。
私はエプロンをつけて、お父さんの代わりに店番を始めることにします。
月曜日の放課後。
俺はいつものように演劇部室に足を運んだ。
「………?」
いつものようにドアを開けようとしたが、何か貼り紙が貼ってあった。
「なんだ?『この橋渡るべからず』………意味わかんねぇ……」
とりあえず開けてみた。
(殺気?!)
慌てて扉の影に身を隠すと、物凄い勢いでタウンページが空をきっていった。
「てめぇ、杏、殺す気か!」
「朋也こそ、貼り紙見えなかったわけ?!」
「貼り紙って………これのことか?」
とりあえず剥がして部屋の中に入れてみる。
「あっ!貼る紙間違っちゃってますっ。本当はこっちでした」
慌てて貼り替えにくる古河。
貼り替えられた文字は『開けるな危険。っていうか*す』だった。
赤い*が妙に生々しくて怖すぎる。
「で、俺は中に入ってもいいのか?」
「まだダメなの」
「ことみちゃん着替え中なんです」
「あ、そういうことね」
っていうか、いつまで続ける気なんだ、魔法少女ごっこ……
とりあえず、教室の外でことみが着替え終わるのを待つことにする。
待つことしばし。
「蒸着!」
「赤射!」
「焼結!」
なんだか謎の単語が飛び交っているがいつものことなので気にしないことにする。
「朋也くん、お待たせなの」
そしてやっとお許しが出たので教室の扉を開ける。
「朋也くん、こんにちは。魔法少女ことみ、地球のピンチにバタ足で登場なの」
現れたのは魔法少女ではなくプールの妖精だった。
「ああ、バタ足だからスクール水着なわけ…………って納得出来るか!つーか2月だぞ?風邪ひくだろ?早く服着ろ服!」
そういって再び扉を閉める俺。
「………お気に召さなかったみたいなの」
「やっぱ季節外れすぎだったかしらね」
「お姉ちゃん、だから私は意外性なら巫女服だって言ったじゃない」
「私はそれよりもこのくまの着ぐるみのほうがよかったと思います」
…杏、今日のはお前の案だったのか。
っていうかことみも断ればいいんだが、あいつの性格からしてそれは無理か。
まあ、当の本人がノリノリでやってるんだから何も言えないんだが。
「朋也、もう入っていいわよ」
「ああ」
扉を開くと、今度は普通の制服を着たことみがいた。
「着替え早かったな」
「上から制服着ただけなの。見る?」
見てどうしろと。
っていうか見たくないと言えば嘘になるが、何しろ周りの視線が痛い。
「朋也、そういうのは二人っきりの時にしてくれない?」
「ぽっ」
「ぽっ」
……………激しく拒絶されるよりこういうののほうがなんか居心地が悪い。
「っていうか何を期待してるかお前ら!ことみもそんなこと言うもんじゃありません!」
「わかったの」
ちょっとしゅんとすることみ。
「まあ、それはそれとして、朋也にここで問題です。今日は一体何の日でしょう〜」
「何って………誰かの誕生日だったか?」
俺の記憶の確かなら、この中に2月生まれはいなかったはずだ。
「………あんたそれ本気で言ってるの?今日はバレンタインよ、バ・レ・ン・タ・イ・ン!」
「ああ、ロッテの監督の」
「違うわ!」
瞬速で杏のスリッパが飛んできた。
「…相変わらずツッコミ厳しいな。ことみもあのくらいにならないとダメだぞ」
「頑張るの」
「で、バレンタインか。そういやそんなイベントもあったな」
まあ、この学校は進学校なので3年のこの時期に学校にチョコ持ってくるヤツはあまりいないだろうが。
「というわけで、チョコを作ってみました」
ここに居るし。
しかもどうやら全員手作りのようだ。
「さ、まずはことみから」
「わかったの。………今まで黙ってたけど、私、お兄ちゃんのことが……これ、私の気持ちだから」
そう言って、チョコレートが入ってるらしい箱を俺に押し付けて走り去っていくことみ。
「………で、これは一体何の真似だ」
「妹ぷれいなの」
「これでことみちゃんと岡崎くんは夫婦円満です」
どうやらこれは藤林の案らしい。
「………なあ」
「大丈夫よ、占いじゃないから」
それを聞いて一安心だ。
藤林の占いはマジで洒落にならない場合があるからな。
「で、私のがこれ」
「私はこれです」
「これが私です」
続けざまに杏・古河・藤林からチョコを受け取る。
「ああ、サンキュな」
「もちろん、お返しは3倍だからね〜」
「……せめて等価交換にしてくれ」
「わかってるわよ。でもことみにも等価交換でいいの?」
「まあ、それは考えとくさ」
「私は別にお返しいらないの。朋也くんと一緒にいられれば、それでいいの」
「そのためには、大学に受からないといけませんね」
それが一番難しかったりするのだが。
ちなみに、ことみ以外の3人は私大組で、すでに合格が決まっている。
それぞれ別の地方の大学に進学するので、こうやって集まることも、もうすぐ出来なくなるのだ。
ただ、そのことを誰も口にすることはない。
多分、別れの日の直前まで、このささやかな日常を続けたいと皆が思っているからだろう。
そして俺は、ことみの指導のたまものかセンター試験が予想よりいい出来だったので、大学のランクを一つ上げることにした。
言わずもがなで、ことみは日本中のどの大学にも簡単に入れるだろう。
ことみはどこの大学でもいいと言っていたが、やはりそれなりのところじゃないとことみの両親に申し訳がたたない。
というか、俺自身が割り切れないのだ。
「受かるさ、絶対」
声に出して、自分自身にその覚悟を告げる。
「朋也くんなら大丈夫なの」
ことみも太鼓判を押す。
まあ、押されるほどの実力はまだ伴ってないと思うのだが。
「あ、もう一つ朋也くんに渡すものがあったの」
「ん、なんだ?」
とことこと歩いてくることみ。
「バレンタインは気持ちを伝える日。これは、あの頃から変わらない私の気持ち。朋也くん、大好き。忘れていても、離れていても、私は、朋也くんが大好きなの」
瞳を閉じ、背伸びをして、俺の唇を唇で塞ぐことみ。
「もう、忘れない。忘れたりしない。俺も、ことみのことが、大好きだから。もう離さない。もう離れない。一緒に、どこへでも一緒に歩いていこう」
ことみの腰に手を回し、今度は俺からことみの唇を奪う。
長い長いキスのあと、気づけば教室には誰もいなくなっていた。
「ん?杏たち帰ったのか?」
「朋也くん、あれ」
ことみが、教室の黒板を指差す。
「………あいつら」
そこには、三人それぞれの署名つきで、こう書かれていた。
『恋人たちに永遠の祝福を 渚』
『私も素敵な恋したいなぁ 椋』
『バカップル万歳! 杏』
おわる。
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