GEAR
アグレッシブブーツの変遷

アグレッシブブーツがどう進化したか?
更新日 2000年 7月21日
1987年。
ローラーブレード「ライトニング」

軽量のグラス強化ナイロンフレームを採用。
アメリカ西海岸で爆発的に売れたモデル。
その後、ローラーブレードは97年まで、
ライトニングのフレーム、シェルの基本設
計を貫く。
1992年。
ローラーブレード「ライトニングTRS」
TRS=チームローラーブレードスペシャル。

プロチーム用の初シグネチャーモデル。
このころのストリートは、街中でパイロンを
したり、階段降り、ジャンプすることを指した。

クリスエドワーズがカーブをグラインドする
までグラインドという概念は存在しなかった。
1994年。
ローラーブレード「ターマックCE」
CE=クリス・エドワーズ。

アグレッシブスケートの始祖、クリス・
エドワーズの名前がついたブーツ。
彼の人気とともに、このブーツも大ブレ
イクする。この頃は、レギュラーとソー
ルしか存在せず、グラインドすることが
神業とされた時代。
グラインドしやすいように、前後のウィ
ールを大きく、2番目・3番目のウィー
ルを小さくした、「アンチロック」のセ
ッティングが流行した。

1995年
「ターマックに続け」とばかりに各メーカーが本格的にアグレッシブモデルを発売!
1995年。K2「ファティー」

ソフトブーツを得意としていたK2が送
り出したアグレッシブブーツ。
この頃の流行のトリックはロイヤル。
ファティーならロイヤルできて当たり前。
という程、他ブーツユーザーが羨んだも
のだ。しかし一方では「ソフトブーツは
怪我しやすいのでは?」と考えられてい
て、後にハードブーツの雄、マジェステ
ィックと勢力を2分することになる。
また、フラットなソールはこのブーツ
から始まった。
1995年。K2「ソウルスライド」

通気性に富んだアグレッシブモデル。
ロイヤルが流行しはじめたので、金属製の
フレームのブーツは敬遠されるようにな
っていった。
金属フレームだが、かかとにもフラット
部がある。ヘナトがこのフレームを、ロ
チェスのブーツに着けていた。
1995年。オキシゲン「アルゴン1.1」

カフが非常に高い。とても頑丈に作られている。
足首は絶対怪我しないだろう。
インナーの履き心地もよく、当時としては戦闘
力の高いブーツであった。今でもファンが多い。
1995年。
ロチェス「マジェスティック・トゥエルブ」

ハードブーツの大ベストセラーのターマッ
ク似のカフ、シェルを持ち、厚手のフレー
ムを採用した。ハードブーツ派は、次々と
ターマックから買い換えたものだ。
バートではファティーは不利だったので、
バート滑っている人のほとんどが当時この
ブーツだった。
写真は98年発売のローカフバージョン。

1996年
この年は特に変動の無い時代。メーカーはスケーターの意見を重視し開発を進めていた。
1996年。
ロチェス「インパラ」
写真はセサ・モラのシグネチャーモデル。
(セサモデルは1997年より)

マジェスティックがストリート用として
開発されたものに対して、バート用に開
発されたのが、この金属製フレームを搭
載した「インパラ」だ。
カーブを滑らないことを前提としている。
エイトも一時期使用していた。

1997年
白いブーツが大流行する。また、この年の途中からアンチロックが衰退する。
1997年。
ローラーブレード「トゥルーパー」

ライトニングがここまで進化した。
トゥルーパーはチョコレートと違い、バー
ト用のセッティングがされている。
しかし、基本設計が古すぎたようだ。
販売直後は売れた。伝説のバートライダー
我那覇英光氏が使用していたのが印象的。
ロイヤルやトップ系の技がやりやすいよ
うに、カフの内側が低い。(下の写真参照)
写真の通りカフの内側が削られている。
ロイヤルやトップサイド系の技をやりやす
くするための配慮である。
これは「トゥルーパー」「チョコレート」
も同じである。
これを真似してカフを削る人が続出した。
この後、低いカフのブーツが流行する。
1997年。
ローラーブレード「チョコレート」

上のトゥルーパーと違い、ストリート用
のセッティングがなされている。
ソールプレートが標準装備。
この2つのブーツを最後に、ライトニング
を基本設計としたブーツが消える。
1997年後半には、アンチロックのロッ
カーリングが衰退。フラットが見直され、
フラットではグラインドできないこの2
つのブーツも衰退の道をたどることになる。
1997年。
K2「バックヤード」

ファティの廉価版として登場。
軽いため、ファティよりも好んで使う人も。
注目は、最初からアンチロック!
ストリート入門者に嬉しい低価格だった。
1997年。
K2「ファティープロ」

赤いだけでプロモデル。
とくにファティと違わない。
ベアリングやウィール、ロイヤルスポット
を保護するバックスライドプレートを装備
していた。その後、バックスライドプレー
トが流行し、自作のバックスライドプレー
トをマジェスティックやファティに着ける
スケーターもいた。
1997年。
ロチェス「マジェスティック12」

白色は爆発的に売れた。
写真はソールプレート装着モデル。
このフラットのソールがフィフスエレメン
トの誕生のヒントになる。
かかと部分にCDS製のソールプレートを
つける人が続出。
97年製はトリックがやりやすいように、
カフの素材が柔らかくなっていたが、怪我
人も多少でた。
1997年。
オキシゲン「アルゴンプロモデル」
(写真はターシャモデル)
この年は4人のシグネチャーモデルが発売
された。ターシャは女性用だったが、白い
色に近かったので、一番人気だった。
1998年
97年のトゥルーパー&チョコレートのカフに影響され、ローカフが大流行する。
マジェスティックもローカフが販売され、アルゴンもロートップを発表。
また、この年、不可能を可能にするブーツ「フィフスエレメント」が登場する。
1998年。
RB「デイトナ」

ローラーブレードがついにライトニングの
フレームと決別した。
RB初のグラインドブロック採用のフレーム。
フラットでもグラインドできるようになった。
また、フレームが取り外しできた。
他のメーカーに比べ、カフが高かったので、
安心感があり、当初は比較的売れた。
1998年。
オキシゲン「アルゴン・ロートップ」

この年、ハイトップとロートップを発売。
ロートップはカフが低い!というか無い。
ハイトップもそれまでのアルゴンより低い。
ウィールは幻のRealmを装着。
非常に軽い。今でもファンが多いモデルだ。
「アルゴン最高!」
1998年。
ロチェス「フィフスエレメント」

ファティを意識したフラットなソール。
流行の低いカフ。交換できるフレーム。
そして、それまで流行していたロイヤル
を否定するような、スピードの速い素材。
このブーツの登場は、アリウープ系のグ
ラインドの流行を促した。
フルトークやカインドが大流行する。

1998年。
USD「THRONE」
ダスティン・ラティマーモデル

この年の中旬、新たにUSDが期待され
デビュー。ライダーも有名どころを揃え、
前評判は高かった。
踵のソールがモデルによって硬さが違う
等、(交換できるという意味でもある)
モデルにより、違うメーカーのフレーム
を装着していた。
(50/50・SANATE・USD)

1999年
サロモンが満を持しての参入。オキシゲンの日本代理店消滅。
しかしこの年もフィフスエレメントが強かった。
1999年。
サロモン「ST−9」

軽い。が耐久性に問題があり、パークスケ
ーター用であることを否めない。
また、ソールが遅かった。
プロライダーを引き抜いてPR活動を行っ
てエゲツない部分もあったが、この年は、
ROCES・K2・サロモンの三つ巴の対
決の年になった。
1999年。
USD「THRONE」
ダスティン・ラティマーモデル

98年モデルは、さらに踵のソール(芋)
がワイドになった。しかし、芋はよく外
れてコロコロ転がっているのを見る。
USDはかなり、コアなイメージがあり、
「ワル」が履くブーツ。
「よい子」が履くのはサロモン。
リアルストリートスケーターが好んで履
くブーツでもある。
(かなり偏見が入っているので注意)

2000年
ROCESがKHUTIを発表するも柔らかすぎで賛否両論!
ハードブーツユーザーはサロモンとUSDに少なからず流れた。
2000年。
USD「PSIRUS」
ダスティン・ラティマーモデル

2000年モデルはリニューアルし、
50/50装着モデルは5万を超える値
段がついている。
そして、新たにKIZERのフレームが
追加された。
かなり癖のある履き心地。
履き慣らすと愛着がでてきて最高のよう
だ。USDは「カワサキのバイク」
乗れば乗るほど愛着がでる。
悪い言い方をすると、
「バカな子ほどカワイイ!」言いすぎか?


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