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フィリピンの悩み・日本の悩み

この記事は時事通信社出版局発行「教員養成セミナー」に連載しているコラムです。

フィリピンの学校で学んでいた時のことである。その学校ではアジアを中心に20カ国以上の国々からの学生が学んでいた。ある授業で、「それぞれの国の社会問題を発表するように」という課題が出た。私は日本の社会を端的に表す問題として、「不登校・引きこもり」について発表した。FUTOKOという英語もないので、「日本では、たくさんの子供たちが学校に行かないということが社会問題になっています」と言った。すると私の後でインドネシア人の学生が「私の国では子供たちを学校に行かせてやれないことが大きな社会問題だ」と発表した。そしてフィリピン人の学生も同じことを言った。多くの子供たちが義務教育(フィリピンでは612歳)さえ終えることができないまま、経済的理由から家族のために働かなければならないそうだ。確かに市場に行くと、幼い子供たちがビニール袋を1ペソ(およそ2円)で売り歩いている姿を目にする。授業の後で何人かの友人に「どうして日本人は学ぶ機会があるのに、学校に行かないのか」と質問された。一生懸命答えたつもりだが、もとより私の拙い英語でどこまで理解してもらえたか。


私はここで日本人の、あるいは日本の子供の悩みは贅沢な悩みだなどというつもりはない。間違いなく今日本社会は、「経済」ではなく「心」という根深い問題を抱えている。


聖書には「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。」という言葉がある。人間を本当の意味で生かしているのは、肉体ではなく心であると教えているのである。何をどのように考え、感じ、心のバランスを保つか。この基本的だが極めて大切な課題を、現代の日本人は突きつけられているのではないだろうか。豊かな物質社会の中で、しっかりと自分の心を守り、あるべき状態に保つことができること。そんなありようを尊重する社会、教育が求められているのではないだろうか。 2006年9月号掲載